日付:2011年7月11日 場所:自宅(アパート)
普段はコンビニの弁当なんて買わないけど、これはもうネタにしかならない。ブログに貼って下さいと描いてあるようなものでしょ。ちなみにサンクスに売ってた。
立派なご飯のアーチ式ダムでエメラルドブラウン(は?そんな色ねーよ)のルーを湛えている。
美味しい(味的にもネタ的にも)。
あとヒトコト言いたい。黒部ダムは長野県大町市じゃない!富山県中新川郡立山町です。もっと言うと、富山県黒部市でもない!!!!!!!(ここ重要)
間違っても黒部ダムへ行こうとして黒部市へ行かないでください。あと、立山黒部アルペンルート全てではなく、黒部ダム単独で行く場合は、アクセスは富山県側からよりも長野県側からのほうが楽です。
恐らくご存知だとは思いますが、クロヨンというのは黒四で、黒四ダムというのは、関西電力黒部川第四発電所ダムという意味。ダム自体は黒部ダムという名称だが、発電所を合わせた設備ではクロヨンが多く用いられる。黒1~黒4ダム&発電所まであるらしいけど、黒1は話によると谷ではなくもう平野の中の段丘っぽいところにぽつんとあったそうですが、今は無いそうです。ちなみに、黒部ダム自体は立山町ですが、発電所はギリギリ(本当に境目あたり)で黒部市(旧 宇奈月町)です。
発電所は環境に配慮して下流十数キロの地下200mにつくられている。下流につくる意味はもちろん高低差をつけるため。黒部ダム完成時は、関西エリアの電力の50%をこのダム1つで賄ったそうです。
黒部ダムを建設するときは、立山ルート、黒部ルート、大町ルートの3つのルートで黒部峡谷の御前沢へ資材をいれた。
・立山ルートは、千寿ヶ原(立山駅)から美女平までケーブルカーで資材を上げ、そこから山を切り開いで弥陀ヶ原や室堂を抜け、立山の尾根の一番低くなってる部分(2700mくらいの一ノ越という場所)を超えて資材を運んだ。夏でも雪が残る場所なため、春先はブルドーザーなどをソリに乗せて一気に黒部峡谷へ滑り降りていったらしい。
・黒部ルートは、黒部川沿いに登っていくルートです。峡谷は道路も作れない険しい地形であったため、殆どが橋とトンネルで無理やり小さいな鉄道を敷いていある。途中からは完全に地下です。超高層ビルも無い時代に、地中に高さ200mのエレベーターをつくるなど、国家的大事業だったようです。
・大町ルートは、長野県大町市扇沢からトンネルを掘り富山県に入る大動脈(メインルート)。多くの資材はここを通って運ばれた。フォッサマグナに位置するため、地盤が特殊だった。破砕帯(岩盤が脆く、大量の地下水と一緒に崩壊していく場所)を突破するのに苦労したそうです。資材の運搬には鉄道も用いられた。北大町駅は黒部ダム建設するのにできたらしい。
標高:1470m 高さ:186m 幅:492m 総貯水量:2億立方メートル
土砂が多いため、湖底50mくらいはもう土砂で埋まっていると言われている。
REJAPAN RENIPPON! The beauty of Japan and the real landscape gained by traveling. 場所や時代を超えて、度々旅したい。 Mankind defeats the new coronavirus "COVID-19".
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