Date:2026年06月30日(月)
Location:長野県大町市
Camera:Google Pixel 8 Pro
Instagram長野県 大町市 平 中綱(なかつな)の部落に多い太谷姓は、安曇郡(現在の松本市波田〜島々付近)で上野城(田屋城)主の西牧美濃守信道の長臣として仕えた太谷十郎左衛門義昌を祖先に持つそうです。しかし、1582年(天正10年)に織田信長が本能寺の変で討たれたことでパワーバランスが崩れて天正壬午の乱が起こり、主君の西牧家が小笠原貞慶に討たれたため、山間部にある殿様小屋付近を経由して(平地は敵だらけなので恐らく山中を通って)中綱に逃げ延びたようです。その子孫が私の妻です。
妻の家の家紋は平家を代表する浮線蝶系統のものです。また、鹿島谷の奥にあるカクネ里には平家の落人がいたという伝説があります。これらを私なりに解釈したら、太谷家は平家の血筋だけれど、落ち延びたのは源平の時代ではなく戦国時代で、上野城からまず最初に中綱ではなくカクネ里へ辿り着いたのではないかというものです。そして、近隣住民に発見された際に西牧家の家臣とバレず尚且つまともな血筋であることを示すために、平家の末裔であることを語ったのではないかと予想しています。そしてカクネ里から中綱に移ったという説です。
更に勝手な予想ですけれど、平家が落ちのびる際に姓を伴に変えたように、元々は大谷だったものを太谷に変えたのではないかというものです。咄嗟に隠れるために。
全然話が変わるのですが、私は集落よりも部落という言葉を使うのですが(村の中で家が集まったまとまりという意味で)、「部落は差別だから集落が正しい」と言われたことがあります。地元では差別用語では一切なくて自分の地域も部落と言います。逆に集落の方が田舎臭く感じます。部落差別という言葉が一人歩きして、中央の人が勝手に印象を変えてしまった(こうやって日本語が変わっていく)のかもしれません。
貴様が謙譲語から乱暴な言葉になっていったように。
適当やいい加減が過渡期であるように。



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